渡瀬恒彦は若い頃から喧嘩最強で人情家!撮影後に”タロとジロ”を引き取ったりと優しい人柄だった。

渡瀬恒彦さんが3月14日午後11時18分に多臓器不全のため都内の病院で亡くなられました。
若い頃から芸能界で一番喧嘩が強いと有名で、その反面人情家で優しい一面もあったと言われています。
渡瀬恒彦さんはいったいどんな方だったのでしょうか?
【スポンサードリンク】
渡瀬恒彦プロフィール
渡瀬恒彦さんが亡くなった
もうタクシードライバーの推理日誌が見れないだろうな
ご冥福をお祈りいたします pic.twitter.com/kRVaoo3kJJ
— さっしー (@4101y) 2017年3月15日
ドラマや映画で引っ張りだこだった名俳優渡瀬恒彦さん。
サスペンス系のドラマでよくお見掛けしましたね。
若い頃も素敵です★
@adorukuf @retoro_mode 渡瀬恒彦さんの台詞じゃないですが…"艦これってなんすか?" pic.twitter.com/G6gjOym3B7
— @Eijimove (@EijiMove) 2017年3月15日
◆渡瀬恒彦さんプロフィール◆
名前:渡瀬 恒彦(わたせ・つねひこ)
生年月日:1944年7月28日(享年72歳)
出身地:島根県生まれ。
最終学歴:早稲田大学法学部(除籍)
職歴:電通PRセンター
<家族>
兄:渡哲也(俳優)
元妻(1973~78):大原麗子(女優)
現妻(1979~現在):渡瀬い保(一般女性)
息子:渡瀬暁彦(TBSディレクター)
渡瀬恒彦さんは2015年夏ごろに体調不良で病院の検査を受けました。
検査の結果、胆のうガンが見つかったため、都内の大学病院に入院。
しばらく仕事をお休みし、5カ月間ほど抗がん剤の投与と放射線治療を受けていましたが、
治療の効果が出たことで少しずつ仕事復帰を果たしていました。
しかし、胆のうガンは完治せず、仕事復帰後も入退院を繰り返していたとのことです。
今年4月から放送が始まるテレビドラマ「警視庁捜査一課9係」には主演で出演予定だったということですが、残念ながら最後まで撮影を続けることはできませんでした。
”9係”は12年目となる人気シリーズで渡瀬恒彦さんにとっても大切な作品。
渡瀬邦彦さんは「“9係”は僕にとって、“やらせてください、やりたいんです!”と言いたい作品。そういう存在です」と思い入れの強さを語っていました。
きっと最後まで参加されたかったでしょうね。
【スポンサードリンク】
渡瀬恒彦が若い頃から喧嘩最強と言われる理由は?
渡瀬恒彦さんといえば「芸能界で一番喧嘩が強い」ということでも有名です。
テレビで拝見する限り、優しくダンディな印象を受けるので意外ですね!
なぜ喧嘩最強なのでしょうか?
実は渡瀬恒彦さんは空手の有段者(二段)で、兄である渡哲也さんが認めるほどの腕っぷしの強さを誇っていたのだそうです!
空手は早稲田大学時代も続けていたようですよ。
さらに、東映の当時の社長にスカウトされて俳優になってからはアクションの撮影にはほとんどスタントマンを使わず、ご自身で演じられていたそうなので身体能力も高そうです。
しかし、渡瀬恒彦さんが「喧嘩が強い」と言われる原因になったのは、
渡瀬恒彦さんが若い頃に後輩俳優の教育係的な役割を担っていたことにあるようです。
「舘ひろしさんを川へ投げ込んだ」
「松田優作を一瞬で倒した」
なんて伝説がありますが、喧嘩というか、熱い新人指導だったのかもしれませんね(^^;
まぁ、そのほかにも若い頃、
「友人を助けるために怖い人たちの事務所に乗り込んだ」
なんて話もあるようなので、喧嘩したらかなり強いのは本当なのでしょう!
渡瀬恒彦は人情家!タロとジロとの話が感動!
渡瀬恒彦さんは「喧嘩が強い!」で有名ですが、
人情家で優しい人柄でも人気ですよね!
そんな渡瀬恒彦さんのエピソードで人柄が現れているのが、「南極物語」のタロとジロとのお話。
高倉健さんと撮影に挑んだ「南極物語」では実際に北極圏からハスキー犬を日本に連れてきていたのだそうです。
渡瀬邦彦さんはラストシーンの情感を盛り上げるため、タロとジロ役のハスキー犬と一緒に暮らしながら役作り。
そして撮影が終わった時、日本での生活に慣れた2匹を元の過酷な環境に返すのはかわいそうだということで、
そのまま自宅に引き取ったのだそうです。
優しい方ですね。
渡瀬恒彦さんは人望も厚く、たくさんの方から愛された俳優さんでした。
特に兄である渡哲也さんは「自分よりも素晴らしい俳優」とおっしゃっていて、自慢の弟であったようです。
【スポンサードリンク】
まとめ
渡瀬恒彦さんのご冥福をお祈りいたします。
LEAVE A REPLY